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学生時代からの友人ミヤモトと毎年恒例旅に出た。18きっぷでいけるところまで日帰りというプランだが、そろそろネタも尽きてきた。プランを立てるのはいつも彼。
例年通り快晴。その分、風景としてはあまり面白味はない。この時期なのに雪がないからね。
でも風もないし、本当に快適。
行きは山科で待ち合わせの上、滋賀県の草津から草津線から関西本線で。
駅から周辺をぶらぶらしているときは何やらさびれた感じで不安を掻き立てる。道すがら昼飯を、と思ったのだが駅周辺は本当にそんな期待を裏切る感じ。なんにせよ、観光地域へということで、まずは七里の渡を。その後は桑名城跡に近代に建てられた九華園へ。しかしここも新しい雰囲気で少し興ざめ。
昼ご飯を食べていなかった中だが、途上、桑名の名産焼き蛤とみたらし団子で一応の空腹は補う。道すがら牛肉で有名な柿安の看板をビルの上に見つけ。牛肉弁当でもないかと行ってみる。
するとそこは小洒落たスーパー。注文制のお弁当を見つけ、1500円ほど(たしか)のサーロインステーキ重を。これがうまい。
その後、地元で幕末から近代にかけて活躍した名士の旧家を市に寄贈したという六華園を見学。思いのほか楽しい場所だった。
当初は滞在予定時間3,4時間ほどでそんなにもつかなあ、というのが本音だったが意外なほど楽しい町でした。地元の水害対策のため江戸時代に駆り出され多額の費用と人命を失いつつ取り組んだ薩摩藩士を弔ったお寺にもいくつもりが時間の都合で行けず。
帰りは名古屋まで出て大垣、米原経由で京都駅で解散。9時に集合、19時到着。
おまけはこれ。七里の渡のある川の向こうに見えた謎のもの。よく見たら富士山。なばなの里というところの富士山型展望台でした。上下に動きます。
例年通り快晴。その分、風景としてはあまり面白味はない。この時期なのに雪がないからね。
でも風もないし、本当に快適。
行きは山科で待ち合わせの上、滋賀県の草津から草津線から関西本線で。
駅から周辺をぶらぶらしているときは何やらさびれた感じで不安を掻き立てる。道すがら昼飯を、と思ったのだが駅周辺は本当にそんな期待を裏切る感じ。なんにせよ、観光地域へということで、まずは七里の渡を。その後は桑名城跡に近代に建てられた九華園へ。しかしここも新しい雰囲気で少し興ざめ。
昼ご飯を食べていなかった中だが、途上、桑名の名産焼き蛤とみたらし団子で一応の空腹は補う。道すがら牛肉で有名な柿安の看板をビルの上に見つけ。牛肉弁当でもないかと行ってみる。
するとそこは小洒落たスーパー。注文制のお弁当を見つけ、1500円ほど(たしか)のサーロインステーキ重を。これがうまい。
その後、地元で幕末から近代にかけて活躍した名士の旧家を市に寄贈したという六華園を見学。思いのほか楽しい場所だった。
当初は滞在予定時間3,4時間ほどでそんなにもつかなあ、というのが本音だったが意外なほど楽しい町でした。地元の水害対策のため江戸時代に駆り出され多額の費用と人命を失いつつ取り組んだ薩摩藩士を弔ったお寺にもいくつもりが時間の都合で行けず。
帰りは名古屋まで出て大垣、米原経由で京都駅で解散。9時に集合、19時到着。
おまけはこれ。七里の渡のある川の向こうに見えた謎のもの。よく見たら富士山。なばなの里というところの富士山型展望台でした。上下に動きます。
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